まじめに思ってたこと

ちくわを家に迎える時、安易にこの犬可愛い、飼いたいって衝動的に決めた訳ではなかった。
小さい頃から迷い犬や捨て猫を連れ帰っては親に怒られ、留守番させるの可哀想だから駄目と、インコと金魚ならいいよと言われ飼ってたことがある。インコは常にいた。
おとーはワンコもにゃんこも子供の時に飼ってたから、死んだとき可哀想で嫌だし、留守番させなきゃならないから可哀想と言う事であきらめてた。
でも友人ののワンコ見たり、ペットショップ見学したりしているうちに、なんとなくおとーもその気になってきて、ワンコを飼う事になった。
ただし留守番前提なので、明るい性格だというミニチュアダックスにして探した。
おとーがちくわをはじめに気に入ったんだけど、初めて見る毛色の子にびっくりして、シルバーダップルとはなんぞや、ブルーアイって何?とまず調べたら、なんだか、弱そう。。。
こんな犬見たことないんだけど、大きくなったらどんなんなるんだ?
目は見えなくなるかも知れないし、薄い毛色の交配で出来上がったみたいで、あまり良い事は書かれてなかった。
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2005.12.24 何かをかじっている時じゃないと写真が撮れない程、止まっていることがなかった。

そんなの迎えても、初心者のおかんは自身はない、面倒みきれないかもしれない。
ちょっと考え直そうということで、他のスタンダードな毛色の子を探したり、見に行ったこともあった。
それなのに、結局ちくわの事が忘れられず・・・。
目が悪くなるかもしれないし、長生きできないかもしれないけど、それ覚悟で迎えようとおとーと決めた。
必ずそうなるとは限らない。そうなったらなったで面倒を最後までちゃんとみる覚悟だった。
今思えば、この時と、慢性肝炎だと宣告された時と2回もちくわには覚悟を決めさせられたんだな。
でも、実際同居が始まると、そんな事考えてたのも忘れるほどのちくわのやんちゃっぷりに違う意味でワンコの子育てが大変なんだとわかった。
身体が弱い子かもしれないという心配は迎えて2日目でぶっとんだのだった。
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2006.1.23 少し体も大きく長くなり、脱走が可能だとわかった頃。

あるじさんがこたろうくんの事を“荒波を必死で漕ぎ続けるような一生”と書いているのを見て、ちくわも病気と闘ってもがいてきたなぁ・・・と思った。
そしてちくわの一生を例えたらどんなだろう・・・と思い返してみたんだけど、病気とは闘ったけど、ちくわが何かに立ち向かってきたとかいうイメージじゃなく、あいつ自体が嵐だったり、ぴゅーぴゅーくるくる吹いてる風のイメージ。
無風の時はほとんどなくて、ひゅるる~っておかんのところにやってきて、くるくるまわって大騒ぎしてまたびゅ~んてどっかに吹いて飛んでった風が思い浮かんだ。
老犬になるまで、見届けられなかったからそう思うのかもしれない。
最後までチョロ松なちくわだった。
大病させた面では辛くてたまらないけど、留守番させて可哀想とか、もっと可愛がればよかったとかいう後悔を全くさせない程、自己主張が強く、「まったくもう」と言わせながら、うちらを振り回してくれた。
何かを我慢させたという後ろめたさゼロ。おかんはちくわのシモベだったかもね。
子供みたいなものでしょ?ってよく言われたけど、子供っていうより、いっちょこまえに対等な相棒って感じだった。
犬としてどうなの?って思わせるほんとに面白いやつだったな。
自分は犬だと思ってなかったような気もする。
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2007.3.10 目が悪くなったら困るから、サングラスして散歩しなきゃダメかな?と真面目に考えた事もあった。(これはおとーの溶接メガネ)意外と決まってる?

=おかん=
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by cue-nacs | 2015-03-21 20:14 | ★ちくわの過去 | Trackback

きっかけ

実はちくわブログを最初に書いてたのはおとー。
おふざけで始めてた。
おかんに、犬のブログってあるんだよ、写真も撮ってるし、やってみれば?とよく進められた。
でも、やんちゃな問題児ちくわくんのお世話と、自分の仕事と、おとーのお世話だけで、いっぱいいっぱいだったから、そんな気はさらさらなかった。
ブログってなんなのかも知らなかった。
そうそう、かの有名な富士丸くんがTVで紹介されてて、初めて知った世界だった。
子供の頃からハスキー犬が飼いたかったから、富士丸くんが大好きになり、はまった。
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2006.5.14 ソファでくつろぐことを覚え出した頃

おかんは仕事以外でPCを触ったことがなく、家には買ったばかりのPC1台。
これはおとーがほとんど使ってるから、どうせおかんが触る時間もないし。
ネットで買い物なんてしたら、カードなんて使ったら、番号盗まれて、使われるから怖い!
ネットの世界なんて怪しいし、怖くて信用ならん!というとってもアナログな人間だった。
ちくわグッズでどうしてもここらで手に入らないものはおとーに注文してもらい、代引きで買ってたくらいだ。
今じゃ、ポチポチ気軽に買ってるけどね。
田舎じゃほんとに助かるのよね。

それなのに、おかんがやる気になったのは、ちくわが3歳になり、ちくわのしつけと、職場が変わったおかんが、落ち着き始めた頃。
ブログをそのままアルバムに出来るんだって!っておとーに言われたから。
初めてのワンコを迎え、想像以上にしつけが大変で、いろんな事件を起し、毎日笑える事や、悩み事が沢山あったので、自分用にアルバム作り前提で始めたものだった。
そんなタイミングでPCが壊れたので、おとーに新しいのを買い、壊れたお下がりでおかんがバトンタッチで始めた。
誰かに見てもらいたいとか、全くなかった。
逆に、見られたら、恥ずかしいくらいだった。
おかんは真面目に育児日記って柄じゃない(基本的に日記をつける事ができない人間です)ので、面白おかしく残したかった。
富士丸ブログの影響かなり受けてたからかな。
後で読んで、こんな大変だったよね~っとかあそこに出かけたよね~って笑えるアルバムを作りたかったのだ。
だから、日常生活のちくわの普通の事はあまり詳しく書いてない。
そういえば、結局アルバムは作ってないな・・・。
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2006.5.21 初めてのカモ
病気になっていつのまにか記録のつもりが、闘病日記になっちゃったので残念だけど、同じ悩みの人達が来てくれて心強かったり、頑張れって応援してもらったことでもっと頑張ってこれたから、結果的には良かった。
ちくわがお星さまになってから、最期には思いがけず沢山の人に見てたよ、頑張ってたねって言ってもらえた事で救われた。

そして、ちくわって犬が存在した事を残せた。

そうそう、あるじさんとこたろうくんとも出会えた。
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2014.8.26 こたろうくんと最初で最後のツーショット。ひそかに記念撮影してました。
四十九日過ぎたら、ほんとにこうやって会えるのかな?
こたろうくん、ちくわのことよろしくね。

=おかん=
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by cue-nacs | 2015-03-17 21:31 | ★ちくわの過去 | Trackback

2013.2のちくわ

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こんな面白いのがいなくなるんだもんね。
楽しかったんだなぁ。
もじゃもじゃにさわりたいな。

=おかん=
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by cue-nacs | 2015-03-14 14:22 | ★ちくわの時間 | Trackback

最期のお食事事情

ちくわが最後に口にしたのは、2/19のお昼。
おやつを食べないので、固形物はしんどいんだなと思い、ヨーグルトを食べさせた。
美味しそうに食べた。おかわり欲しがったけど、「いっぺんに食べたら具合悪くなるよ。また帰ってからね」と言って、あとはちくわの大事な栄養となっていたチューブダイエットへパケア&みどりむし&ベジタブルサポートをシリンジで・・・。
今思えばもっとヨーグルトあげれば良かったな。まさか最後になるなんて思わなかった。
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ちくわの命を繋いでくれたおやつ達。結局最後まで食べたのは幼少期から食べてたおやつだった

1/4を最後にまともなご飯を食べてなかったちくわ。
何を出してもダメ。おやつと生野菜とヨーグルトだけは毎日食べる。
他にはその日の気分でいろいろと。
一時、野菜とヨーグルトすら駄目になったけど、留置針に自宅で抗生剤とステロイドを入れるようになってから、また食べれるようになった。ステロイド効果だね。
ステロイドにめっちゃ弱いのでなるべく使わなかったけど、肝臓に間違いなく負担かかるけど、それで余命が縮んだとしても、ちくわが何も食べれなくて痛いの我慢するのは嫌だよね、と先生と相談して治療してた。

この2.3ヶ月は食べれるなら何でも・・・と食べさせてたから、今までもらえなかったいろんな美味しい物食べてた。
ただ、ささみ系は喜ぶけど、アンモニアが上がるようだったので、あまり食べさせてあげれなかった。
このままでは餓死してしまうと思い、おやつだけでも食べれるならと出してあげると、ご飯なみの量を食べた。
生野菜とヨーグルトのおかげで、体に悪そうという罪悪感が少し薄らいだけど、大丈夫なの?と不安に思いながら過ごしてた。人間のおやつと違って、一応無添加だったりするし、ワンコ用って表示を見る限りは栄養がいろいろ入ってる。原料もじゃがいもやオーツ麦や豆乳、煎餅は米だし炭水化物だと思えば空腹で悲しい思いをさせるよりマシ。
自分で体調に合わせるように、消化の良いボーロを選んだり、繊維質の多い物を好んだり、糖分が多めの物を選んだり、おやつの中でもその日によって違った。これか?これなのか?ととっかえひっかえ真夜中にも寝ぼけながら差し出した。
おやつだけなんて体に悪いし何か良い食べ物ないかと、いろいろ検索していると人間の肝臓がんを克服した方のブログに目が留まる。
この方もやっぱりご飯は食べられず、甘い物が食べたくて、病院の売店で自分で食べたい物を買って食べてたそう。
そしたら自然に体重も増えたって。

私は『生きるために食べたいものを食べたいだけ食べる』
と言うスタンスで闘病生活を送っていました。
人間、『食べてナンボ』だと思います。
口から食べる事によって体力がつき、元気な体になっていくのだと思います。
逆に食べなければ体力が無くなり免疫力が下がって、病に蝕まれてしまうのだと思います。

勝手に使わせてもらいました。
それを見て、そうだ、今のちくわはおやつしか食べれないんだから、無理やり他の物を食べさせるより、美味しい楽しみって思えるおやつだけでも満足できるだけ与えようと開き直った。
食べる事が嫌なんて事は絶対思って欲しくなかった。
一時はおかんがご飯を用意してたら、そっと遠くに行ったりしたこともあるから、そんなのはもう嫌だった。
「短くても美味しい生活」をと覚悟を決めてきたんだから、貫き通したかった。
身体の事も大事だけど、ちくわの気持ちを一番にしてあげたかった。

結局、1/5~2/19まで、おやつがメインのお食事だった。
お腹すいたおやつちょうだい!野菜ちょうだい!ヨーグルト食べたい!って最後のぎりぎりまで思ってくれてたと思う。
夜中じゅう1.2時間おきに、おやつくれ!と起こされてた。
肝硬変には夜食療法ってのがあって、空腹時間が長くなると肝臓に負担がかかるから、寝る前に軽い食事をするってのがある。ちくわにもあてはまるかなとせっせと食べさせた。数個食べては満足して寝てた。
(人を起こしておいて、おやつ食べてしっこして、おかんが後片付けしてるのに1人で先にさっさと寝てたな)
腹水で大きくなったお腹でも、野菜を刻むと楽しみに足元で待ってた。
ヨーグルトの容器を持つと重たいお腹で早足で着いてきた。ちくわの元気な頃と変わらなかった。
2日前の夜には、しばらく食べなかった芋、人参、鶏胸肉の茹でたのを食べてくれて、おかんを喜ばせた。

おやつばかりなんて、そんな物食べさせて寿命を縮めたんじゃないかって、ひどい飼い主だって思われるかもしれないけれど、イヤイヤする口に無理やり入れるような事をしなくて良かったと思う。っていうか頑固なちくわは絶対飲み込んでくれなかったと思う。
寝たきりじゃない、元気はあるだけに、拒絶の仕方も元気なんだもん。
美味しそうな缶詰やウエットフードも出したけど、匂っただけでプイだった。
どんなにお腹空いても食べないったら食べない!のがちくわ流。頑固おやじだった。
おかんとおとーが美味しそうな匂いがするねって思った物でもダメだった。
ワンコなら誰でも喜ぶと思って、何でも肉味の品物が多いけど、アンモニア値があがるとでもわかっているかのように、肉的な物はNOだった。だから市販の物がほんとに少ない。甘い味でご飯代わりになる物を探すのは大変だった。パンやシリアルもすぐあきた。

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チューブダイエットという粉末の栄養食は、口から食べれない状況の子が消化器官に直接つないだ管に流して食べさせる物みたい。
でもぬるま湯で溶いてシリンジで飲ませても大丈夫。
犬 流動食で検索してたら、マルチーズちゃんのブログで与えているのを見つけた。
説明書きにはわずかに渋く特異な臭いって書いてあったけど、おかんが舐めたら甘くてアイスクリームっぽく感じた。森乳製品だから乳が成分。
ちくわが食べてたのはそれの肝疾患用のへパケア。ベジサポと同じBCAAが摂取できる。
これにかぼちゃ風味のベジサポとみどりむしを混ぜてぬるま湯で溶いて、みどりいろのどろどろを作り、シリンジで5~7ml(適当)を朝、昼、晩、深夜飲ませた。口の横から入れると、甘いからまんざらでもない様子でゴクゴク飲んだ。
ご機嫌な時は、自分から舌先にシリンジの先を移動させてペロペロ舐めた。
美味しく舐めてくれるので、無理やり流動食を流し込むっていう後ろめたさはなかった。
「ちくわご飯だよ」って言ったら居間で、お座りでスタンばってた。
1日1袋で100キロカロリー稼げた。あとはニュートリカル(これも甘い)を上あごの裏に塗りつけて、1日3.4回、そしておやつと合わせて、お腹空いてふらふらにはならない程度のカロリーは保ててたと思う。
他にも食べれる物は何でも与えてたし。
ちくわご飯=甘い物だったな。
おかんも具合悪い時は、ご飯いらんけど、お菓子は食べるなんて事がよくあるから、ちくわの気持ちはわかるのだ。

ちくわの最期の食事が正しいのか間違ってるのか、わからない。
まだ治って先があるなら、こうはしなかったと思う。
でも、慢性肝炎で、治らないと覚悟を決めた時、大分前におかんが思い描いてた、
最後のその日まで「今日も美味しかったのら」って思い、ぎりぎりまで自分の目で見て、歩いてほしい。
というとおりになってくれた。
お腹がものすごく重たくなってるのに、最期の最期まで、自分の足で立ててた。
フラフラとお腹の重さに振られながら頑張って歩いてた。
前日の夜まで、台所のおかんの足元で野菜が切れるのを待ってた。(一番嬉しい行動)
1ヶ月以上、おやつ、野菜、ヨーグルト、栄養剤だけでも、立ち上がり、歩く体力、筋力はあったのだ。
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こたろうくんご一家御用達の水素水の素 ふれあ。
ちくわは水飲みに浮かべると一発で破壊したので、別容器で作ってから飲む寸前で入れ替えて飲ませた。
いっぱいあまりそうだったから、沢山入れて作ってた。今もこれで毎晩作ってあげてるよ。

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ちくわが逝った時は春近し。だったのにあれから天気が荒れる日が多く、まだまだこんな感じで雪がいっぱいです。

ちくわ、まだ全然公園で散歩できないわ~

=おかん=
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by cue-nacs | 2015-03-07 15:09 | ★慢性肝炎 | Trackback

美味しいご飯だったかな

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家の前に車を入れると、毎日こうやってベランダから覗いてた。そして部屋の入口に先回りして、ギャン吠え。
今まで夢見てただけで、ひょっこりまた顔出さないかな?ってちょっと待ってみたりするけど、やっぱり出て来てくれないみたい。
ちくわがいなくなって3日目の朝方、トコトコトコトコってちくわの足音みたいなのがしばらく聞こえて、何か他の物音だったんだと思い直したけど、それっきりもうその音は聞こえなくなった。
違うと思っても、なかなか居間で眠ることを止められず・・・。まだ一緒に寝てたくって、初七日まで・・が、おとーが旅行から戻るまで・・・が、おとー疲れてるだろうからイビキうるさそうだから・・・でちくわ離れができなかったけど、3日前からやっと自分のベッドで寝るようにした。でも必ず朝の4時に決まって1度目が覚める。
4時にも、冷たい鼻くっつけてきて舐めて起こされたっけな・・・。


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ちくわのご飯に苦労をするようになって2年くらい。
最初は自分が作った手作りご飯で充分な栄養を摂らせる自信もなく、美味しく食べれて肝臓に優しいフードを探してはトッピングの種類を増やして食べさせていた。
見た目は元気でも肝臓の数値は常に正常値より高い状態だったので、常に不安定な食欲。
なんでもガツガツよだれを垂らしてご飯を待っていたちくわとは別犬になってしまった。
2013年夏には本格的に調子悪くなり、おじや風ご飯と少量のフードでもよく吐く様になってしまった。
ほんの少しのフードでも吐き、一時は薬の影響で、すぐ治まってくれたけど膵炎になり、そこから膵炎対策のご飯になり、そして完全に手作りご飯に変わった。
わんこの手作りご飯の本を買ったり、手作りをしている人のブログを参考にしたかったけど、ちくわは食べてくれない物が多過ぎ。体調悪い時は余計にひどかった。
でっかい口で、ちまちまと前歯だけで食べたり、口からペッペって出したり・・。
そしたら怪しい食材抜いて作り直し。
本で肝臓に良い食材を選び、さらにちくわが食べれる物を探し出す日々。
いろんな食材入れて作ったご飯を食べてくれる子が羨ましかった。
思ってた手作りご飯とはかけはなれていた。

ついでにいうと、サプリメントなんかもご飯に混ぜ込んで食べてくれると楽だったのに、錠剤、粉末、どんなタイプでも薬品ぽい物はみごとに避けられ、ご飯にすら不信感を持つようになってた。
だから、肝臓の繊維化が少しでも遅くなり、再生できる栄養素のある食品で食べてくれそうな美味しい物を探して食べさせてた。
毎日検索しまくり。

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心臓、腎臓、腫瘍などなど病気によって、食事も食欲も違うみたいだけど、病気にあった栄養素のフードに薬を入れるだけで簡単に食べてくれる子はいいなぁなんて思った。
肝臓が悪くなると、ほんとに味覚に敏感になるみたいだった。
そして、状態によって好みも変わった。
後で考えると「あ~だから食べなくなったんだ」や「だからすごく食べるようになった」なんて事がよくあったので、ちゃんと体に必要な物を欲してたんだと思う。話せればいいのにって何度思ったことか・・・。
今までどれだけ、作っては捨て作っては捨てたろうか・・。

手作り食べなくなって、フードに戻ったり、おじやブームだったり、パサパサ飯だったり、この肉はいいけどこの肉は食べないとか、しょっちゅうブログにも書いてきた。
ちくわのご飯の事で、人間のご飯にまで時間をかける余裕がなくなってた。
未だに、私何作ってたっけ?って人間用のメニューが頭に浮かばない。
料理は好きじゃないおかんが、長い時間、台所でストック食材作ってた。1日24時間じゃ足りなかった。

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肝臓を患ってる子のブログって、一生懸命に探すんだけど、なかなか出てこない。
何食べさせてるかな?って期待しても、だいたい肝臓サポートにサプリかけて食べてますとか書いてあると、食べてくれていいなぁって思った。
同じ肝臓の中でも病気が分かれるので、慢性肝炎は特に探しずらかった。
ちくわが肝臓悪いって内容になってしまってから、うちも肝臓が・・・って方がきてくれるようになった。
更新頻度も多くないし、人気ブログでもないのに、ここにたどり着くなんて、やっぱり情報が少ないのかな?
1日に少しづつ何度も分けて食べさせる。食べれる物が決まらない。ご飯に苦戦してるんだもん、ブログをやってる時間もないのだ。
生きるための一番大事なご飯を、しゃべれない子の気持ちを読み取って与えて、それなのに食べてくれなくて、イライラしたり、悲しくなったり、でも1日何度も作り続けなきゃならなくて・・・。ものすごく忍耐強くなったかもしれない。
「これダメ?じゃぁこれは?」なんてやりとりしてた。作り直すから時間もかかる。
下痢で悩んだ時も食事で対策しようと悪戦苦闘。

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その代わり、体調が良い日が続き、バクバク食べてくれた時の嬉しさったらなかったな。
足元で早くよこせとどっかんどどっかんアタックしてた時もあったっけ。
病気じゃなけりゃなんでも食べるやつだったのにな。

こういう毎日だったから、2年どころかもっと長く感じる。
24時間365日、全てちくわに費やしてた。自分の事は後回し。あ、おとーの事も後回し。
大変だったけど、肝臓の事はすごく勉強になった。今までこんなに内臓の働きの事なんて考えたことない。
時間が空けば、常にネットで検索してた。
食の大切さ、栄養なんかの勉強になった。ちくわのおかげで肝臓の大事さがよくわかった。
沈黙の臓器で症状が出てからでは遅いのは本当だった。

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病院の先生は、薬で治せる事はいろいろ考えてやってくれる。
でも、食事の事は飼い主が自分で頑張らないとならない。
手作りに工夫したり、健康食品探しまくったり・・・。
目に見えて効果がわからないだけに、それで線維化がどれだけゆっくりさせれたかもわからない。
全く効果はなかったのかもしれない。
ただただ、毎日美味しくご飯が食べれるようにとちくわと頑張ってきた。
大変だったけど、それも当たり前になり、何作ってあげようかって悩むのは辛い反面、楽しい事でもあった。
フードをバクバク食べるのも頼もしいけど、作ったご飯をバクバク食べてくれる方が、格段に嬉しかった。
そういう経験ができて良かったとも今は思う。
何の心配もなく元気で最後は老衰で・・・・が理想だけど、長生きさせてあげれなかったけど、ご飯の面だけは後悔していることはない。おかんがやれる事は全てしてきたって言える。
ちくわに「これはあんまり食べたくないけど、お腹空いてるし、これしかないから仕方ないな」なんて思いはさせなかったと思う。
食べなくても違うの作れば食べたから、ひもじい思いもしなかったはず。
「おかんだけはもっと良いやつ食べさせてくれる」って、甘えてくれたと思う。
わがまま、甘えんぼでいいもんね。
反面、「変な物混ぜ込んでるしょ?」っていう疑いも向けられてたけどもね。

っていうか、ちくわの辞書には我慢して食べるという文字はそもそもなかったんだった・・・。


おとーがあべのハルカスでちくわにお里帰りをさせた証拠写真を撮ってきた(笑)。
京都はあっちらしい・・・。ほんとにあってるのかな?山の向こうか?おかんには東西南北どっち向いてるかもわからんな。
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ちくわ、懐かしい?覚えてる? すっかり道産子になっちゃったよね。

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これ、この人かわいい、ビリケンさんってこんなんなんだ。初めてちゃんと見た。
家にあったら幸せになれそうだなぁ。。。癒される~。

=おかん=
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by cue-nacs | 2015-03-06 17:47 | ★慢性肝炎 | Trackback

置き土産

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毎日、仕事行って、ご飯作って、食べて片づけて風呂入って寝る。
9年ちょっと前の生活に戻っただけ。
いつか来るこういう時になったら、おかんはきっと廃人になる。って思ってたけど、ちゃんとご飯食べれてる。
ちくわの場合は食事でずっと悩んでて、ちくわが食べれないとおかんも食欲なく、去年の秋からはなおさらそんな状態だった。
ちくわは食べたいのに食べれなかったから目の前で食べるのが可哀想な日もあった。
だから、逆に今の方が普通にご飯食べれてる。お腹もすく。
胃がちっちゃくなったみたいで、おとーに負けないくらいの速さと量を食べれたはずが、ちょこっとで満腹になってしまうけど。おかげでちょっと痩せれたわ。

おとーは土曜日から大阪に会社の慰安旅行。
ちくわの状態からいって、行けないかもしれないって話してたんだけど、ちくわったら、ちゃんと行けるようにしてくれた。
カプセルの中には犬歯を入れました。ほんとは骨を入れるのかな?
ちょうど大きな犬歯が2つ目に留まって、「これで最後にやってくれたよね」って「すごく立派だし、ちょうど2つだから1個づつもってようか?」って話してたら、火葬場のおじさんが「あるよ」ってすかさずカプセル出してくれた。
1つ持って、ちくわも一緒に大阪に行ってます。
故郷の京都と同じ関西だから、お里帰りできたかな?


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ちくわには2人の髪の毛を少しづつと、手紙を書いて一緒にぽち袋に入れてもたせました。
そして、柔らかくてふわふわのご自慢の毛をお気に入りの場所から少しづつもらった。
後で、「どうせならこの瓶いっぱい取っとけば良かったね。」って話したけど、あの時は恰好悪くなるからなんとなく嫌だった。


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例の傷はちくわがいなくなるのと同時に塞がったけど、さすがに深いだけあって、見た目よりしばらく深部が痛かった。
傷跡消えないでほしいな。
左手かばいながら、右手ばかり使ってたから、右手が腱鞘炎になってしまい、こっちの方が今は痛くて、カップを持つのも辛い。
しばらくちくわが残した痛手は残りそうです。


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そして、大量の里芋も残った。
おかんの行くスーパーでは里芋を少ししか置いてなくって、しかも高くて物が悪い。
湿布にする為、食べないからまぁいっかって買ってたけど、思い切ってネットで千葉県からお取り寄せしたのだ。
不揃いで4㎏2500円(送料込) 使わずにまるまる残ってしまった。
不揃いとはいえ、ここらで見るものとは全然鮮度が違った。
初めての里芋の煮っ転がし、その後に鶏肉と一緒に煮たりもした。すごく美味しかった。
ほとんどはばぁちゃんにもらってもらって、すぐ調理したそうだ。
みんな結構里芋好きだったらしく、速攻食べつくした。
「やっぱ産地の物だけあって、新鮮で美味しいね」って食べた。
とても良い物をちくわは残してくれた。
注意書きに12度以上で保存。1週間以内に食べるようにって書いてあった。
12度だなんて、北海道のストーブついてない部屋になんて置いて置けないよ。
そりゃ、お目にかかる機会もないよね。


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さっき、宅配便が届いた。
うちはほぼちくわのお買い物が届く状態なので、もう何も頼んでないはずなのに何かな?って思ったら。
アニコムさんから、白いバラのプリザーブドフラワーだった。
こんなの送ってくれるんだね。
思わず感激して泣いてしまったよ。書いててまた涙出る。

保険に入って5.6年たつかな?
なかなかの年間保険料なので、持病がなければちょっと負担かもしれない。
ちくわは、4年間は毎月1度、ひどい時はひと月の半分は通院してたし、手術も2回したので、ものすごく助かった。
いつも、入ってて良かったね。入ってなかったら家計崩壊してたよって。
お金の心配しないで、ちくわに出来る限りの治療をさせることが出来ました。


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7歳で1度、入院しても全然良くならなくて、一番体調が悪かった時、「もう病院にばっかり頼れない。8歳になれないかもしれないけど、家でのんびり過ごさせよう」と決心した。
それから、8歳、9歳を迎える事ができ、このアニコムさんからのバースデーカードが嬉しくて、ずっとちくわのお手入れBOXに飾ってた。
誕生日を迎えて当たり前と思ってたからか、それ以前のはどこにいったのかわからない(笑)。

本当にアニコムに入ってて良かったと思って過ごしてた。(回し者じゃありません)
それは、沢山の飼い主さんの支払う保険料だから、全然使わなかった飼い主さんもいるだろうから。
同じ加入している飼い主さん達にもありがとうございますって気持ちでいました。ほんとだよ。
ちくわ家ははブログを通して応援してもらったり、治療の面でも、ほんとうにたくさんの人達に助けられてたんだって思います。
今まで何十年も生きてて、会ったこともない人に、こんなに人に感謝することってなかったんじゃないかな。


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2005.12.12
ちくわ、みんなにありがとうって言うんだよ。

=おかん=

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by cue-nacs | 2015-03-01 13:41 | ★ちくわの時間 | Trackback